鞭の使用制限について

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武豊が騎乗停止になってしまった。
6日の小倉6レース、オーバーカムが直線手ごたえも良く、
前を交わせそうな勢いもあったが、ターフビジョンに驚き外に斜行。
進路を妨害された外の馬も大きく体勢を崩してしまったため、
鞍上の武豊は7月13日~21日までの9日間の騎乗停止とのことである。
今回の外斜行よりも酷いが、騎乗停止にはならなかった例もあるし、
これより軽い例で騎乗停止になった騎手もおり、
その裁定には、毎度のことながら不公平感、一律感がないことは、
競馬を見続けている方なら感じていることだろうと思う。
今回の武豊の騎乗停止で、彼の騎乗停止措置が4年ぶりであるということが一部メディアでニュースになるほど、
武豊は、ラフな騎乗をせずフェアな騎乗を続けているのだなと改めて感じ、
またその4年前の騎乗停止が、英国アスコットで行われたシャーガーCで
ムチの使用過多(英国では7発が上限だが、12発を使った)で騎乗停止になった
という点に一つ気づいたことを書こうと思う。
動物愛護の面から、競馬での鞭の使用回数はイギリスでは7回、フランスでは8回、
米国でも州によっては連続で使用することを禁じるなど世界的な流れになっている。
現在、日本でも欧米諸国の流れに逆らえず、
ムチの使用制限(10回)は明文化されてはいないものの、すでに実施されており、
2014、5年あたりの騎手の制裁が大幅に増加した背景の一つになっている。
この鞭の使用過多における制裁での過怠金は、
戒告→10000円→30000円→50000円
と加算されていき、以降の一律50000円の過怠金となり、1年でリセットされない限り続くことになる。
ここで思うこと。
例えば、有馬記念の最後の直線で、鞭の使用回数を考える騎手がいるだろうかということ。
1年でリセットされ、過怠金は50000円。
有馬記念直後には制裁点はリセットされ、有馬の賞金は超高額。
勝ち負けになっている状況であればなおさら、10回までのムチなど考えるだろうか?
次に、欧米とは違い日本競馬には、「騎手は騎乗馬の全能力を発揮させなければいけない」
というルール(日本中央競馬会競馬施行規程第111条)があり、
もしこれに違反し、ゴール直前で、追う動作を緩めたと判断された場合は「油断騎乗」とされ、厳しい処分が下される。
ムチを使っていないからと言って、「油断騎乗」となるわけではないが、
ムチの使用回数が10回未満の状況で、脚色が優勢、直線鞭を使用しておらず、ハナ差負けとなった場合、
果たして「油断騎乗」ではないと言えるのか。
またムチの使用ドコロは最後の直線だけではなく、
出ムチや、道中の捲り仕掛けなど、いろいろな場面で使用される。
これを逆手にとって、最後の直線ではムチの使用回数が残っていない状況を意図的に作り出すことは可能であるが、
これは八百長の温床とはならないだろうか。
一つ目のリセットの時期については、
過怠金、制裁点のリセットは、マナーある騎乗を続けて行った場合に、解除されるのが望ましい。
例えば2ケ月~3ケ月間に制裁点がなかった場合など、
全員が一律同じ時期にリセットされるのであれば、リセット間際の秩序は荒れる傾向になるだろう。
二つ目の八百長の温床については、
海外では上位争いとそれ以外では、ジャッジに緩急を付けるようにしており、
一辺倒のルールでは運用し切れていない事実がすでにあり、制裁委員の裁量次第と
これもまた八百長の温床になり得る状況が懸念される。
ルールの複雑化や勝負ごとに水を差す、このムチの使用制限は一体何なのか。
そもそもが動物愛護の点から波及した流れであるが、
なぜ鞭の撤廃ではなく使用制限なのだろうか。
全員が鞭を持っていなければ、全騎手がムチ以外の手綱や鐙などの馬具で馬を操作することになり
騎手全員が、鞭を使わず全力で追うことになるだろう。
10回までは動物虐待にではなく、11回以上は虐待である論理がまずおかしい。
1発でも十分に痛いはずである。
もし動物愛護の観点から見れば、
馬の意に沿わない、騎手の騎乗は負担になるだけであるし、
競馬など、相当に団体から見れば忌々しい事業であるだろう。
競馬事業と、愛護団体の間で溝があり、その着地地点が回数制限ということなのだろうが、
結果的に競馬を面白くなくしてしまっている。
鞭の使用制限があるならば、ムチ自体を撤廃した方が双方にメリットがありそうだ。
そもそも動物愛護団体とは一体何なのか
動物性タンパク質はどのように摂取しているのか
まさか、牛や豚は殺してもよく、
馬は叩いてはいけないなど動物の種によって差別している訳ではあるまいな
動物園の檻の中で飼う事も、虐待ではないか?
これは虐待で、これは虐待でないなど
人間のエゴである。
鞭の使用制限など撤廃しろと要求すべきだし
もっと言えば、馬に乗るなと要求すればいい
人間は動物も食する雑食動物である。
そして動物を利用しながら進化してきた。
殺す殺されるは自然の摂理であり、
人間といえども動物の一つである。
全ては食物連鎖、利用、被利用の範疇に納まる
もちろん、いたずらに殺生すべきではないことなど分かっている
躾けることが愛護なのか?
飼う事が愛護なのか?
動物の真意が分からない以上、
全ては人間のエゴである。
閑話休題
競馬自体、サラブレッド自体が馬匹改良、人間の意のままに操られた存在である。
競走馬を生産し、育成し、調教し、走らせる。
その中で必要不可欠な鞭の使用。
これはいたずらな虐待ではなく、畜産物の商業利用である。
むしろ競馬を通じて、畜産振興など多大に貢献していると声を大にして言っていいだろう。
改めて愛護団体のエゴイズムに付き合う必要は全くなく、
これら団体の意に沿うような方針は止めてもらいたいものである。