重賞改革

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10月16日 2018年度の開催日程および重賞競走について発表があった。

大きな変更は、葵ステークスが重賞に昇格となることだろう。
開催時期はほぼ変わらず、今年より2週間遅れたダービーの週の土曜に施行とのことらしい ...

重賞改革

凱旋門賞に食われ気味、ビッグアーサーが沈没したという2つの印象しか残っていないが、
一応はスプリンターズSで秋のG1戦線が開幕し、そしてスプリント路線はシーズン終了となった。

スプリント路線は、スプリンターズSを頂 ...

重賞改革

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ホープフルSがG1昇格へ既定路線だそうだ。

来年度は有馬記念終了後の12月28日(木)の
平日開催のメインに据えるとのことで、

有馬記念の売りをぶち壊し、地方競馬に打撃を与え、
船橋の近隣住民に ...

重賞改革

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さて、待ちに待ったヒヤシンスS。

ただのオープン特別に何が待ちに待ったなのかというと。

このレース、中央では世代初めてのダートのオープン特別なのだ。

今のご時世、地方交流が盛んになり、
2歳 ...

重賞改革

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先日、ジャパンカップは既に役目を終えたと書き、

日程の変更とサポートレースの拡充を提言したが、

ジャパンカップの過去の出走馬を見ていて、あることを思いついた。

1981年の第1回ジャパンカップでは、 ...

重賞改革

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兼ねてより切望してきた複数のG1レース、重賞レースの同日開催であるが、

2004年のジャパンカップ、ジャパンカップダートの同日開催実施
JBCの設立で一応は実現したことになるのだが、

イマイチ盛り上がり ...

重賞改革

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キタサンブラックが優勝し、
何かと話題が多かった今年の菊花賞だが、

一番のポイントは、キタサンブラックの血統背景にあると思う。

前走ではダービー2着のサトノラーゼンを含む馬たちを抑えて優勝したが、

重賞改革

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あれよあれよと秋華賞も施行20年。

エリザベス女王杯が古馬に開放され、どうなることかと思ったが、
三冠馬を3頭輩出し、春の実績馬が順当に勝ったり、上がり馬が台頭したり、
穴馬が大駆けしたりと、順調にその歴史 ...

重賞改革

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「フェブラリーステークス」

レース名が悪い
施行距離が悪い
施行時期が悪い

現状で良い訳がないレースの一つである。

グレード制導入の1984年に創設され、暮れのウインターS(現東海S ...

重賞改革

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2014年より2歳重賞が大幅に変更され、
来季のクラシックへ向かうために中距離路線が拡充された。

京都2歳が2000mの重賞に。
ラジオNIKKEI杯はホープフルと名前を変えて中山2000のG2に

重賞改革

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なんとかならないものか南関東の三冠路線は。
地方競馬では、他に類を見ないほど体系は整えられ、
1964年より60年、その形態は少しずつ変化しているものの、
三冠体系は維持されてきた。
過去三冠馬は7頭を ...

重賞改革

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中央競馬のG1競走において、廃止または極端な変更をすべきなのではないかと思っているレースが多々あります。
1、宝塚記念→ 廃止
・1996年に開催日が以前よりひと月遅くなったことにより、有力馬が秋に向けて回避してしまう ...

重賞改革

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現在サラブレッド競走を実施する地方競馬場は14か所あるが、
各地に2歳戦~3歳戦があり、年末の総決算がありと、その地域でローテーションを作り出している。
(南関東などは4場で一つと考えられるが。)
ダービーもや ...

重賞改革

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NHKマイルカップが創設されて早19年。

創設当初はマル外ダービーとしての意味があり、
第6回(2001年)までは外国産馬の独壇場。
内国産馬が優勝したのは第7回のテレグノシスが初であり、その後外国産馬の優 ...

重賞改革

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1981年にジャパンCが創設、1984年より秋の天皇賞が2000mに短縮され、
それ以後は、2000~2500mという日本の実質上のカテゴリでは、
似たような距離区分の中で頂上決戦を秋に3度行うようになりました。

重賞改革

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1996年に3歳馬(旧4歳馬)の出走を促すべく、開催をダービーの2周後から5週後に移動したあたりからでしょうか、
出走馬が手薄になり、G1と呼ぶにはメンバーが寂しくなったのは。

3歳馬への配慮も空しく、この年の3歳 ...