弐段逆噴射

第三章〜アラブ〜

アラブはその名の通り、
アラブ人やイスラム文化が作り出した馬であり、
家畜における最初の純血種であると言っていい。

アラブ馬を作り上げたのはベドウィン族であるが、
生産、育成の土台を築いたのはムハンマドである。

ムハンマドは
7世紀初めにアラーの啓示を受けた預言者と自覚し、
メッカ軍を破り、アラビア半島にイスラム国家を作り上げた。

ムハンマドは商業都市メッカの商家の生まれで、
遊牧民や騎馬民族のように馬に対して
強い関心を持っていた訳ではない。

これはコーランに記されていないことから、
このように考えることが出来るわけで、
実際初期のメッカ軍との戦いの際に
騎馬隊を殆ど持っていなかったようだ。

ムハンマドが馬に関心を示し始めたのは
メッカ軍との戦いの中であり、
最終的にメッカ軍に勝利した際には戦利品の騎馬を
1万頭も引き連れていたと言われている。

ムハンマドはこの戦利品の馬に対し
試練を与えたと言われている。
3日間飲まず食わずで閉じ込めておいた馬を開放し、
戦闘開始のラッパを吹き鳴らした。

もちろん殆どの馬はラッパを無視し水場に突進したが、
5頭の牝馬だけは即座にターンして戻ってきたという。

この5頭の牝馬はムハンマドに称賛され
「予言者の5牝馬」と呼ばれ、
後にこの牝馬の子孫だけが純血と認められた。

この後ムハンマドの戦いでは騎馬隊が大いに活躍し、
ムハンマドの騎馬戦術と共に
アラビアの馬の名声が世界に広まり、
アラブ馬という認識も出来上がっていった。

この当時のメッカは商業都市であり、
周辺のアフリカ、シリア、イスラエス、インドと
各方面から家畜が集まっていた。

馬の多くをメッカに連れてきたのはエジプトの馬商人であり、
エジプトのカイロもまた
商業都市で家畜が多く集まるところだった。
またアラブを作り上げたベドウィン族の出身も
エジプトに隣接したシナイ半島であった。

イスラム帝国の最大勢力は北は現在のトルコ付近、
東はイランを越えてインド国境付近、
南はエジプトを過ぎスペインとの国境付近まで延びていた。

この状況を考えると、
ムハンマドの軍馬に配合するために集まってきた馬は、
北東から遊牧民達が用いていたイラン山岳馬の子孫や、
南西からは北アフリカのバルブの祖先に
当たるような馬だったのではないか。

もちろんまだアラブの純血という観念はないので
どんな種類だろうと配合していたとは考えられるが。

アラブを純血種にしたのはベドウィン族である。
ベドウィン族はムハンマドの軍馬や、
メッカに集まった馬たちを純血改良していった。

血統書が存在するわけではないので
純血を証明することは難しいが、
毛色や体型が一定しているのは純血の証明にはならないか。

ベドウィン族は特定の牝馬から出た産駒以外を排除し、
種牡馬もその牝馬から出たものを選んだ。
かなり強い近親交配も重ねられ、
わずかでも違う血統の入った馬はアラブ馬と認めなかった。

それが世界最初の純血アラブである。

しかし後にヨーロッパに渡ったアラブには、
タークやバルブなどが交配され、
それらを含めてアラブと呼ばれるようになり、
その後の馬匹改良の基盤となった。

第二章〜馬の品種〜
第四章〜サラブレッド〜(予定)


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